二人には共通するキーワード「密猟」があります。
ド・セルトーの権力に関する考え方
ド・セルトーは著作"l'invention du quotidien" (山田登世子訳『日常的実践のポイエティーク』国文社、1987年)で、日常生活に焦点を当てた思想家です。彼の権力に関する考え方は、
・支配する側は、正当な解釈や利用を課す。stratégie を駆使
・受ける側は、「密猟」をする。tactiqueを駆使
という2つの世界があります。
stratégie(戦略)とtactique(戦術)については、「ミシェル・ド・セルトーの文化理論に関する一考察」林康人 岡山大学大学院文化科学研究科紀要第15号 106~108ページ参照。
メディアの利用・受容における密猟について
・メディアの利用における支配する側は、新技術の開発・販売者。受ける側は利用者。メディアにアクセスするために、カセット、テレビ、CDプレイヤー、DVD、ブルーレイ、携帯、スマホ、タブレット、・・・いろんな新技術を買いました(買わされました)。メーカーは製品を販売し、その機器の使用を利用者に課しました(押し付けました)。受ける側の密猟とは、買った機器を説明書通り、目的通りに使わない工作をすることです。説明書にはしてはいけないと書いてある(押し付けている)分解、他社の機器の接続など、自分で情報を解釈してアレンジすることがあります。メディアの利用の説明はここで止めておいて、受容(解釈)についてド・セルトーとジェンキンスのつながりをみます。
・メディアの受容における支配する側は、作品の著者、制作者側で、受け手は読者・ファンです。メディアに接する行為で、制作者側が正当な(本物の)意味を受け手に課します(与えます)。受け手は自分の経験と作品の中で自分に実践に合うい部分を組み合わせて、作品本来の意味とは違う解釈を構築します。
受け手が情報の密猟をすることで何があるか?(ド・セルトー)
本来の作品の意味と、受け手が作り出す解釈との違いは、支配する側である制作者と受け手の読者間の解釈の違いだけでなく、力関係の争いも出てくることになります。これをド・セルトーは、politique de la lectureと言いました。「解釈の駆け引き」とでも訳すんでしょうか。支配側(エリート)によって与えられた意味と、それを積極的に消費し密猟により新たな制作をする受け手の解釈の間でヒエラルキーが生まれるというものです。受け手は、支配側が制作において発する全体主義の波及が見えていないのです。ジェンキンスのファン研究とは?
ジェンキンスは、彼自身スタートレックのファンであり、参与観察でファン研究を進めました。スタートレックのファン研究では、女性ファンがスタートレックを通じて何を得ているのかを紹介しています。ファンのステレオタイプの一つとして、女性はアイドルの前でグッズを見にまといキャ~と叫ぶ姿、男性は直接の恋愛関係・人間関係よりもパソコンの前でのみ社会とつながるという姿があります
男女のファンのステレオタイプいずれにしても、本流の人々から外れ孤立しているというのがファンの表象(représentaitons)です。この分野を地誌学的に分析しました。
ジェンキンスのテクストの密猟について、日本語で紹介している部分がありましたので引用します。
「ポピュラーテクストを自己流で読み解き、流用することである。また、テレビ視聴の経験を豊穣で複雑な参加文化へと変化させることである。と説明されている。つまり,ファンがメディア産業の生産物を密猟してコンテンツを生産するの は,基本的に「ファン同士の交流の場であり,趣味により結びついたコミュニティ」(玉 川ほか,2007:20)としての「ファンダム」で楽しむためと理解される。 」
平井智尚「一般の人々によるメディア・コンテンツ生産の理論的枠組み」慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要No.64 2014 P69-70
ファンはテクストの密猟者であり、テクスト制作者
ジェンキンスのファンは、「テクストの密猟」の面でド・セルトーの読者(lecteur)と違うニュアンスがあります。まず、ファンはメディア文化から出てくる制作物を解釈するだけでなく、制作物テクストを密猟して二次テクストを作り出します。メディアは制作物テクストの保管庫としてファンは扱います。様々な作品の中から密猟し(いいとこ取りをし)、自分の実体験とかぶる部分とくっつけて二次作品を世に送り出し、コミュニティ内でシェアされます。
一方、ド・セルトーのいう読者の解釈活動は物質化しないので世に見えません。
ファンが二次作品を送り出す世界があるということは、コミュニティの存在があります。個人の解釈と社会への解釈分かち合いという2つの世界を持っています。
また、ファンの感情は、作品そのものに対し魅了することと、ファンの期待通りにならない作品に対するフラストレーション両方を抱えています。この両義的な感情をファンが二次作品で主張するのがファン活動の目的です。
スタートレック女性ファンの活動が積極的なのはなぜか? ースタートレックのテクストの特徴ー
ソープオペラと比べ、スタートレックの女性ファンの数は多いんだそうです。理由は3つ。- SF(サイエンスフィクション)は、ストーリー、制作者が男性社会。
- スタートレックの女性キャラは、女性の伝統的役割から外れた新生のキャリアであるものの、脇役止まりになっていること。原作の女性の役割にモヤがかかった状態。
- SFはニュートラルではなく、現世とは別の、新世界を描いている。新世界での活躍する新たな男女の力関係、女性像を着想するのは容易にできる。
どんなテクストの密猟作戦があるのか?
6つありました。原作でも二次制作でも作られることがあり得るアレンジ方法です。- 拡大解釈 特定の能力を持つキャラに地学能力を与える。例:スタートレックでは、どんな扉も開けるキャラがいるそうで、そのキャラが扉を閉めるストーリーを作る。
- 時の拡大 例: 原作の前・後の時代のストーリーを二次制作。結婚でストーリーを終えたカップルのX年後。
- 脇役を主役にする 例:北斗の拳の舞台で、やられるキャラが主役となる 「舞台 北斗の拳 世紀末ザコ伝説」
- ストーリーの種類を変える 例:西部劇からラブロマンスへ
- クロスオーバー 例:トイストーリーにトトロが出演、Wikipediaには、「スタートレックでは頻繁にクロスオーバーが行われている。」と書かれています。
- エロス化、スラッシュフィクション Wikipediaには、スタートレックシリーズを例にスラッシュフィクションの語源が紹介されています。