SNCB車両の落書き問題(ひとり自由研究)

ベルギーの電車に日々乗っていると、落書き(タギング)された車両にたまに当たります。ブリュッセル市内の大きな駅だと、国内からの車両が集まるので、落書き車両に巡り会うチャンスは格段に上がります。

冬じゃないとある日、朝の通学時に電車に入ると外よりも暗いです。。外を見ようとしたら、車両の窓ガラスにまで落書きが広がっていて、それが日差しを遮り暗くなっていたことがわかりました。

隣国オランダの鉄道や、オランダ・ブリュッセル間の電車に乗ったことが何度かあります。オランダでは線路の設備(防音壁、コンクリートの部分)などにはタギングは見られるものの、電車に落書きという印象はあまりありません。オランダからベルギーに入って、落書き車両が増えてがっかりすることが多いです。

タギングのついた電車に乗ることは、私にとり快適性の面でマイナスポイントです。それから、SNCBにとっても落書きを消すという無駄なコストが発生している点でマイナスです。落書きについてベルギーの事情を特徴づけていると思う記事を紹介したいと思います。

車両の落書きは面積は2015年一年間でサッカーコート13倍

落書き車両:SNCBの怒り

DHウェブニュース「Trains tagués : la grande colère de la SNCB」(2016年1月14日更新)から(概要)

1年間でSNCBは車両の落書き9.3万平方メートル、サッカーコートの13倍相当をこの1年間で受け、約253万ユーロの損失を被った。2013年は今回の半分以下の4.9万平方キロメートル。

記事の写真は、新規導入された(落書きされた)車両である。それ以前は70年代の車両を使っていた。新規車両は310万ユーロをかけてメッヘレン工場を中心に近代技術を導入したプロトタイプで、とても素晴らしかった。

そして、その車両の4日後が、「(コンゴ民主共和国の)ルルアブルグのごみ箱」のようだ。
鉄道機材協会のピエール・ヘルビエ氏は「これを芸術作品という人もいるだろう。そういう人には申し訳ないが、私はこれを卑劣な行為と呼びたい。車両を新しくしようと働いてきた労働者のことを考えると、苦しみ、情けなさ、スキャンダラスでしかない。鉄道ファンでもあるので、この心ない行為のことを調査した。一つの結論としてたどり着いたのは、司法制度があまりにも寛容的であることが外国でも知られていて、フランス、ドイツ、オランダなどからタガー(落書きをする人)がベルギーに集まっていることである。タガーは刑をほとんど受けず、(軽蔑を示す意味で)肩をすくめ、1週間もたてばまた落書きを始める。」

チエリー・ネイSNCB広報担当は「全くその通りとは言えない。」と最近の2件の判決(いずれも2015年9月28日付)を引用した。一つ目の判決は、4名に軽罪裁判所で執行猶予付き実刑4か月が、もう一つは3425.86ユーロの損害賠償を受けた。「SNCBは一貫して損害賠償も請求する」とも答えている。

しかし、「それだけでは足りない」とヘルビエ氏。「ラ・ルビエール(という町)付近でTSKと称し世をあざけるタガーがいる。販売店も共犯者だ。中央駅の近くでは、隠れもせずにタグ要特別スプレーを売っている。車両の壁をスプレーするのには、一本7から8ユーロのスプレー25本かかる。つまり200ユーロから、電車が動けないことでかかる1日2000ユーロのコストを除き、SNCBに15000ユーロという損失コストを生みだすことができる。ランプやフロントガラスにタグをして喜ぶ人もいる。
ペンキ除去製品は、環境と作業員を保護するためのヨーロッパ基準により進化を遂げている。なぜならペンキは有毒だからだ。」
「私(ヘルビエ氏)はずっと鉄道が好きだが、落書きで汚された車両を撮影する気が失せる。そして、落書きがベルギーでしか起きていないのだ。ドイツではポリツァイ(警察)がいるから、落書きを決行しないのかもしれない。」



判決を受けても実名は報道されない。寛大な判決もあり得る?

Sudinfo.beウェブニュース「Poursuivi pour 50 tags, il «répare» désormais la ville de Tournai(50の落書き刑の訴訟、被告はこれからトゥルネの町を"復旧"する)」

美術大学出身の28歳の若いフランス人アーティストが、SNCBから50の落書きの損害賠償として3500ユーロの訴訟をトゥルネー軽罪裁判所で受けた。被告は2008から2012年の4年にわたってトゥルネーの行政、母校のサンリュック美術学校、セメント工場、民間の建物2件、SNCBで落書きをしていたことを容疑を認めた。SNCBが唯一3500ユーロの損害賠償を求めた。同社担当弁護士によって3か所で落書きを受けたこと、また、損害額は落書き除去専門企業により確立された損害額よりも少ないと公表した。
被告は反省し、警察の助言により落書きのほとんどを除去したと語った。この件により「アートとして独立したパフォーマンス」として表現していた人にとって真の芸術的新事実として証明された。被告弁護士は、被告がトゥルネーの町を縦横に移動してタグの清掃作業をし、壊れた柵や舗装の悪い場所、側溝といった都市問題になる箇所を修理する活動で彼の芸術的才能を生かしていると補足した。都市景観を悪化することをやめただけでなく、修復や能力を行政に生かすことになった。前科なしで、罰金刑に課せられた若いアーティストは、「6か月の実刑まであり得る」という検事代理の首長の一方で、修復作業を酌量して60時間の強制労働という裁判所の寛大な求刑になりそうだ。判決は5月3日に言い渡される。

つまり、、、タグを書きたい人はベルギーに来る?


記事を見る限り、隣国よりもベルギーは電車車体への落書きに対する罰則が緩いってことになりそうです。年間数億円相当をペンキ除去にかけていて、それによって除去する作業員の健康のリスクにさらされ、電車のペンキ除去作業のため車庫から出られない電車があるのは、かなりの損失を被っているなという気がしました。

社会学(特にシカゴ学派)のはぐれ者について習って気づかされましたが、人は所属する社会(グループ)の中で満足や特別であるという気持ち(特権)を得ることで存在意義を得ています。タガーの社会では、どうやってこんな場所に、こんな時期にタグを残すのかと驚かれるようなことをすることでタガー自身が満足したり特権を感じたりするのではないでしょうか。
新規車両導入数日で落書きされた車体をメディアが取り上げることで、その作者であるタガーは「自分の成果が世に知れ渡っている。うれしい」となり、他のタガーも「こんなにすごいやつがいるとは、がんばろう」という気持ちになって、さらにいろんな場所に落書きがされるという循環に陥ってしまいます。

そんな中、SNCBは赤字体質の国鉄で予算がないのか、取り締まりをしているという姿勢はあまり見えていません。塗られた後の被害額や裁判については報道されても、どのように防いでいるのか、啓発しているのかは少なくともこの1年半近くベルギーに住んでいて何も見えてきません。
啓発するという点では、RTBFの夜のニュースの直後に警察からのお知らせという数分の番組が毎日あります。行方不明、強盗などの情報提供を求めるものですので、防犯カメラで撮影できたらお知らせに入れてもらうようお願いしてみたらどうでしょう。
でも、書いて気付いた。RTBF(フランス語圏)だけじゃベルギーの4割しか情報が伝わらないんだった。オランダ語圏のテレビ局、深く関係していればドイツ語圏にも働きかけないと、ベルギー全土に伝わらないんですね。オランダ語圏のテレビで、警察からのお知らせが放送されているのかわからないです。

また、落書きを始め利用者向けのマナー啓発をSNCB自信が行うというのも大切です。啓発せず被害を受けて裁判でSNCBが負担したペンキ除去経費よりも少ない損害賠償をSNCBが勝ち取っても、被告のタガーにとっては「損得計算すればSNCBの方がダメージを受けている」という名誉を獲得することになり、再発防止にはつながりません。その点がSNCBに欠けていると思います。

最後に、日本と大きな違いは、犯罪をしてすぐに容疑者の実名はメディアでそう簡単に流れないことです。紹介した2つめの記事は、容疑を認め裁判が進んでいるのですが、報道されているのは国籍、出身美術学校などで人物特定はできません。日本は交通事故でも被害者と加害者の居住地、職業、実名、年齢まで即日報じられてしまい、当事者周辺の住民がインタビューしてどんな人なのかという雰囲気までわかってしまいます。日本は、容疑を認めていようがいまいが、事件・事故に関連した人を吊るしあげる報じ方がベルギーよりもはるかに強いことがこの記事を調べて感じました。

車体に落書きというのは本当にもったいないです。日本は車体に広告を出してそれが報じられ、カネになるという場所に、SNCBは多大な損害と負担を受けているのを見ると、赤字経営解消は車体からと言いたいくらいです。